著者プロフィール

どうもMASAです。

ブログを訪問した時に気になるのが、書いている人のプロフィールですよね。

大したプロフィールではありませんが、僕のプロフィールについて大学時代から簡単にまとめています。

就活に大失敗した大学時代

ほんと、どこにでもいるダメ大学生だったと思います。

関西の某大学に通っていたんですけど、大学に進学した理由は「親が大学に行けというから」という理由。

本当は当時好きだった音楽(バンド)の道をもっと本格的に追求したかったんですよね。

でも、親が反対してしぶしぶ進学したんですよね。

偏差値は50よりちょっと上の大学です。

特に何かをやりたいという目標もなかったので勉強よりも遊びやバイト、バンド活動に一生懸命になっていたと思います。

「授業ってダルくね?w」

「なにみんな一生懸命になっちゃってるの?w」

そんな風に粋がって教室の後ろの方でペチャクチャ喋ってた系の学生って言えばわかりやすいですよね。

何事にも一生懸命やるとかではなくどこか中途半端で、その場その場で適当に過ごす。

そんな中途半端な感じの学生でだったと思います。

唯一頑張っていたと言えるようなことはバンド活動くらい。

自分でデモテープを作ってライブハウスに持ち込んだりしていましたし、「将来はプロになれたらいいなー。」なんて思いながら月に何度かライブもしたりしていました。

学生の割にはそれなりに本格的に活動をしていたと思うのですが、メンバーの就職を機に解散。

仕方ありませんよね。

その後は自分も就職活動に力をいれはじめたのですが、就活は大失敗。

たった一社からしか内定をもらうことしかできませんでした。

多分、これが生まれて初めての挫折の体験でした。

大学を卒業しておけば将来はなんとかなるだろうという甘い気持ちを持っていたのが理由ですね。

大学時代は友人もいましたし、彼女もいましたし、それなりに充実してなかったわけではありません。

ですが、就活を機に振り返ってみると「4年間何をしてたんだろう?」って感じです。

そんなパッとしない経歴だったので今思えば内定が一つ出ただけでもマシなんじゃないかと思います。

結局4年という時間を無駄に過ごしたと思いますが、それでも就職先があるのでまずはオッケーという感覚でした。

うん、なんだか本当につまらない大学生でしたね。

⇒就活の失敗に興味がある人はコチラの記事をどうぞ

証券会社に入社したけど半年で辞めた社会人時代

証券会社に入社できたものの、結局わずか半年で辞めてしまったんです。

せっかく内定をもらったのに何やってんの?って感じなのですが、実際に働いてみるとあり得ないくらい厳しい環境に嫌になってしまったんですよね。

僕が配属されたのは営業部だったのですが、

  • 朝6時50分にタイムカードを押さなきゃ遅刻扱い
  • 机の上には電話帳と電話があって、そこで毎日200件以上のテレアポ
  • テレアポが取れないときは50枚以上の名刺がなくなるまで飛び込み営業
  • 営業が終了し、数字が取れていないと上司から激ヅメ
  • 帰宅しようとすると上司に飲みに連れていかれて家に帰ると午前さまになる
  • 朝5時に起きて出社する

そんな毎日でした。

証券会社の営業ってこんなものなのかもしれませんけど自分にはキツかったんですよね。

土日は休みでしたが、土曜は疲労回復のために一日寝ることが多かったですし、実質休みは日曜日だけみたいなもの。

あれこれしていたら結局月曜になってまた仕事の日々が始まるってな感じでしたね。

この肉体的な厳しさに加えて、将来に夢が持てない環境にも嫌気がさしたんですよね。

会社の寮でお世話になっていたのですが、3年上の先輩も同じ会社の寮に住んでいて、毎朝しょぼくれた感じで出社をしているわけです。

「3年後の自分の姿がこれ?」

そんな風に思うと本当に絶望感でいっぱいになりましたね。

会社を辞めたきっかけは、ある日、飛び込み営業の休憩中に大阪難波のとある公園でベンチに座って休憩をしていたんです。

地面を向いて、両手を組んで、ため息をつくような姿勢で。

その時、僕の顔に一匹のハエがたかったんです。

ブーン、ピトッて。

「えっ?ハエが顔にたかるってどういうこと?それってハエからしたら俺が死んでるように見えるから??」

だって普通ありえませんよね、顔にハエがたかるなんて。

その瞬間、「あ、もう会社なんて辞めよ!」そんな風に思いました。

だって、せめてハエから生きている人間として見られたいですからね!

そうなんです、僕が会社を辞めたきっかけはハエです。

でも、そのハエがいなければ今の自分はないわけで、ある意味あの公園のハエには感謝しなくてはいけませんね!

なんのこっちゃって感じですが。

TOEIC模擬試験200点台で日本を飛び出した海外留学

会社を辞めたあと、海外留学に行く決意をしました。

  • 偏差値50くらいの大学卒業
  • 新卒で入社した会社を半年で退職

こんな経歴の人材ですもの。

英語くらい話せるようにならないとマジで人生取り返しがつかないと思いましたから。

昔から行動だけは早かったので海外留学の資料を早速請求。

アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダと色んな国を候補として考えたのですが、

  • クセのない英語が身につく
  • 滞在費用が他の国よりも安価

という点からカナダを選択。

留学費用を稼ぐために地元に戻って工場で働くようになりました。

スーツから作業着に代わって、毎日ライン作業でバッテリー作ってたんですよね。

大学を出てまで工場で単純作業労働をするのは親に申し訳ない気持ちがありましたけど、だからこそ海外留学に出て絶対に英語が話せるようになろうと思いました。

この頃、結構悟ったような考えになっていて、

適当に努力して人生を生きてきた人にはそれなりの結果しか待っていない

そんな中二病みたいなことを思ってました。

僕の場合、なんとなーく大学生活を送ってきて、就活で失敗して、「ハッ!」と気づいた時には自分の人生が思っていた以上にヤバイことになっていて。

そんな自分が嫌だったんですよね。

今からでも本気で自分を変えたい。

そのためのきっかけが自海外留学だったんですよね。

で、海外留学出発前に生まれて初めてTOEICの模擬試験を受けてみたんですが、その点数が200点台。

最初TOEICが何点満点かを知らなかったので、「もしかして結構いい線いってる?」なんて思っていたのですが、後から満点が990点で大学生の平均点数が400点から500点だと聞いて絶望しました。

大学生の平均点の半分の点数。

今考えればよく海外留学を決意したものです。。。

賢い人だったら海外留学はあきらめたかもしれませんが、そこはあまり賢くない自分でよかったのかもしれません。

⇒英語力がゼロでも海外留学したい人はコチラの記事をどうぞ

海外留学時代は猛勉強の毎日!

海外留学に飛び出したあとはめちゃくちゃ勉強しました。

ほんと、人生でここまで勉強したのは初めてというレベルで勉強を頑張りました。

そりゃそうです、英語が話せるようにならないと現地で生きていけませんし、そもそも帰国しても恥ずかしいだけですからね。

友人や元同僚から、

「え?海外に行ったのに英語が話せるようにならなかったの?」

なんて言われた日にゃ悔しくてたまらないですからね!

最初はホームステイ先の子供が話す英語すらわからず、緊張で口がカラカラになりながらも必死になって、

「ハ、ハローっ!!」

これが精一杯のレベルでしたけど、半年間毎日12時間以上勉強していたら英語が話せるようになりました。

うん。なんでも本気でやればできるようになります。

英語?

必死でやればだれでも話せるようになります。

話せるようになっていないのであれば本気度が足りないだけですよ?

結局カナダには2年半滞在して、その間にMBA(Master of Business Administration:経営学修士)を取得。

「海外で働きたいなー。」なんて思ってイギリスのキャリアフォーラムで就活をしたこともありましたが、結局都内の外資系金融で働くことに。

新卒で入社した証券会社よりもはるかにレベルアップした会社で働くことに成功したわけです。

嬉しかったなー!

こういう形のリベンジ大好きです。

⇒英語が話せるようになる勉強方法を知りたい人はコチラの記事をどうぞ

日本に帰国後は都内の外資系金融でバリバリ働く

外資系金融ではめちゃくちゃ働きました。

だって海外留学をしていた期間の社会人の経験がありませんからね。

人の2倍も3倍も働いてリードされている分を取り返さなきゃいけません!

ということで、3年間必死で働いた結果、

  • 社内最年少でシニア職に昇格
  • 何ヶ国ものメンバーで構成されるプロジェクトをいくつも担当
  • 某大手外資系銀行からヘッドハンティングされる

こんな感じの結果を出すことが出来ました。

なんていうか、新卒の時に内定が一社しかもらえなかった時代から考えれば「夢みたいな結果」です。

それもこれも英語が話せるようになったから実現できた夢だと思います。

ぶっちゃけ外資系銀行で働く未来なんて新卒の時は想像すらできませんでしたし、自分には無理だと思っていましたから。

人生を変える努力って大変ですけど、頑張れば変えることができるんですよね。

それを自分で証明できたことは良かったです。

うん。人間頑張れば何でもできる!

ちなみに新卒で入社した証券会社は外資系金融で働いている時に潰れてしまいました。

なんていうかコメントが難しいですけど諸行無常っすな…。

⇒外資系銀行に転職したい人はコチラの記事をどうぞ

外資系銀行を退職後に起業

で、憧れの外資系銀行で働きはじめたんですけど、ここで少し心境に変化がありました。

うまく言えませんが、「あ、もうやるだけやったわ。」っていう満足感?にみたいなものに襲われたんですよね。

海外留学→外資系金融の何年かは全速力で駆け抜けていましたし、自分でも悔いがないくらい頑張りましたから。

外資系銀行で働くことが目的というよりは、そこで働けるようになる自分になることが目標になっていたのかもしれませんね。

そこから通勤が苦痛で仕方なくなりました。

朝早く、乗客のまだ少ない日比谷線に乗って会社に行くたびに「なんか違う・・・。」って思いながら出社してたんですよね。

結局そこから色々あって外資系銀行を退職。

その後は地元に帰って父親の会社の手伝いをすることにしました。

でも、色々考えているうちに、自分でも何かやりたいという気持が抑えられず起業しちゃいました。

で、今は自分で色々なビジネスをやっています!

何をやっているかはまた詳しく書いてみたいと思いますが、とりあえずこのブログはこういう経歴を持っている人間が書いているブログということです。

あなたに伝えたいことは「人生は変えられる」ということ

ここまで読んでいただきありがとうございます。

4000文字近く書いてきましたが、一応これが僕のプロフィールになります。

貴重な時間を使って読んでくれて本当にうれしいです。

どうでしょ、それなりに挫折もしてますし色んな経験をしていることはお分かりいただけましたでしょうか?

はい、僕は正直どこにでもいるような凡人です。

だけど、凡人だからこそ必死になって努力をして人生を変えてきました。

もし現状に甘んじるような気持ちで生きていたら、それこそ証券会社でずっと激務に耐えて営業をしていたかもしれませんし、途中で退職して工場で働いていたかもしれません。

もしそうなっていたら、いまごろ自分の歩んできた過去を恨んで生きているつまらないおっさんになっていたと思います。

ぶっちゃけ、そんなおっさんになったのであれば死んだ方がマシだと思っています。

あなたはそんなおっさんになりたくないと思いますし、そんな風になりたくてこの世に生まれてきたわけではないと思います。

泥臭いことを言いますけど、結局やるかやらないかなんですよ。

あなたがもし自分のことを凡人だと思うなら必死になりましょ。

今の満足できない状態ってこれまでの行動の延長線上で作り出されたもの。

これまでの行動をガラリと変えるしかないのです。

英語をマスターしたい?

キャリアアップしたい?

だったら凡人こそ頑張らなきゃ!

本気で頑張ったら人生を変えることができますから。

⇒「英語を話せるようになりたい!」という方はコチラ